はじめに:おいしいごはんは、世界中の人を笑顔にする
湯気の立つあたたかいごはん、甘くてみずみずしい果物、シャキシャキとした新鮮な野菜。
おいしいものを口にしたとき、人は自然と笑顔になります。食卓を囲んで誰かと「おいしいね」と言い合える時間は、世界中どこに暮らしていても変わらない、かけがえのない幸せです。
しかし、いま地球を見渡してみると、そんな当たり前の食卓を守ることが難しくなっている地域がたくさんあります。
地球温暖化の影響で雨が降らなくなり、大地が砂漠のようになってしまった場所。逆に、突然の大きな嵐や洪水で作物が流されてしまう地域。人口がどんどん増えているのに、作物を育てるための水や豊かな土が足りず、明日の食べものに不安を抱えている人たちがいます。
そんな世界の困りごとに、日本の農業が長年かけて培ってきた「知恵と技術」が、やさしい光を投げかけています。
日本は平らな土地が少なく、山や海に囲まれた島国です。台風や大雪など厳しい気候のなかで、昔からおじいちゃんやおばあちゃん、農家の人たちは、一粒の種、一滴の水を大切に慈しみながら、限られた畑で最高においしい作物を育てる工夫を重ねてきました。
「自然をねじ伏せるのではなく、自然の声をよく聞いて、仲良く育てていく」
そんな日本のあたたかな農業の知恵を、困っている世界の国々へ届けたい。作物をただ送るだけでなく、「自分たちの手でおいしいごはんを育てられる力」を一緒に作っていく。そんな心温まる取り組みが、いま世界各地で静かに広がっています。
第1章:小さな島国で生まれた「やさしい技術」
日本の農業技術のいちばんの特徴は、なによりも「資源を無駄にせず、作物と地球をいたわること」にあります。世界の人々から喜ばれている代表的な知恵と技術をご紹介します。
1. 砂漠でもビルのなかでも野菜が育つ「植物工場」
野菜を育てるには、お日さまの光と豊かな土、そしてたくさんの水が必要だと私たちは思っています。でも、雨がほとんど降らない砂漠の国や、雪に閉ざされてしまう寒い地域では、畑を作ることすらできません。
そこで生まれたのが、日本の「植物工場」です。
お部屋のなかに野菜のベッドを並べ、太陽の代わりに心地よい光を出す特別なライト(LED)を当てます。お部屋の温度や空気は、野菜がいちばん気持ちよく過ごせるようにやさしく整えられ、根っこには必要な栄養を含んだお水が静かに届けられます。外が砂嵐でも、雪景色でも、部屋のなかはいつも春のようなぽかぽか陽気です。
虫が入ってこない清潔な環境なので、農薬をまったく使わずに、赤ちゃんでも安心してそのまま食べられるみずみずしいレタスやイチゴが育ちます。さらに、使ったお水をきれいにろ過して何度も使うため、普通の畑に比べて使うお水の量を9割以上も減らすことができます。水がとても貴重な国にとって、これはまるで魔法のような技術です。
2. 「一滴の水」も無駄にしない、命をうるおす技術
水不足に悩む地域では、水やりをするだけでも大変な苦労が伴います。大地がカラカラに乾いている場所でホースで一度にたくさん水をまいても、強い日差しであっという間に蒸発してしまったり、地面の塩分が浮き上がって土を痛めてしまったりします。
日本の技術者たちは考えました。「必要なぶんだけ、作物自身に直接届けてあげればいいのではないか」と。
日本で生まれた「点滴灌漑(てんてきかんがい)」という仕組みでは、細いチューブを使って、植物の根元に「ポタリ、ポタリ」と一滴ずつ、必要な水と栄養を届けます。
また、医療用の技術からヒントを得て作られた「特別なフィルム」を使う農法もあります。目に見えないほど小さな穴があいた透明なシートの上で野菜を育てると、植物は水や栄養だけを上手に吸い上げ、土のなかの病気の原因になる菌は通しません。土がなくても、砂の上やビルの屋上でも、甘くて栄養いっぱいのトマトが元気に実るのです。
大地を傷つけず、最小限の水で植物を元気に育てる。そこには、自然の恵みを最後の一滴までありがたくいただく、日本の「もったいない」の心が息づいています。
3. 名人の「手のぬくもりと知恵」を、誰でも使えるようにする
日本の農家さんたちは、作物の葉っぱの色を少し見ただけで、「あ、ちょっと喉が渇いているな」「栄養が足りないな」と気づくことができます。これは、何十年も作物と向き合ってきたからこそ身につく、宝物のような知恵(職人技)です。
でも、新しく農業を始めたばかりの人や、遠い外国の人たちには、その見極めがとても難しいものです。そこで日本では、その「名人の目と心」をスマートフォンやコンピューターに教えてあげる取り組みが進んでいます。
カメラで葉っぱをパシャリと写すだけで、「いまお水をあげると喜ぶよ」と教えてくれたり、空を飛ぶ小さなドローンが畑全体を見回して、元気のない野菜をそっと見つけてくれたりします。
名人が大切にしてきた「作物を思いやる心」がデジタルの力で形になり、遠い国で初めて農業に取り組む若者たちにも、優しく受け継がれようとしています。
4. 収穫した恵みを大切に守る「おいしさを保つ技術」
一生懸命に汗を流して作物を育てても、暑い地域では、町のお店やみんなのお家に届くまでの長い道のりのあいだに、野菜や果物が傷んで腐ってしまうことがよくあります。世界では、せっかく実った食べものの約3分の1が、誰のお腹にも入らないまま捨てられていると言われています。
日本には、作物の「呼吸」をやさしくコントロールして、眠っているような状態にして長持ちさせる特別なフィルム袋や、冷蔵庫のなかの空気を整えて獲れたての新鮮さをキープする技術があります。また、凍らせるときに細胞を傷つけないようにして、解凍しても元の美味しさに戻せる冷凍の技術もあります。
大地がくれた命を、一つも無駄にせず、遠くにいる人のもとへ採れたての笑顔と一緒に届ける。これも、日本が誇る大切な農業の技術です。
第2章:遠い国で咲いた、たくさんの笑顔
こうした技術は、机の上の研究だけにとどまらず、海を越えた遠い場所でたくさんの人の暮らしをあたたかく支え始めています。
砂漠のなかで実った、真っ赤なイチゴ(中東)
一年中強い日差しが照りつけ、見渡すかぎり砂漠が広がるアラブ首長国連邦(ドバイなど)の国々。ここでは、新鮮な果物や野菜を育てるのがとても難しく、食べるもののほとんどを遠い外国からの飛行機や船に頼っていました。
そこに日本の植物工場が作られました。
砂漠の真ん中にある建物に入ると、そこには青々とした緑の葉が茂り、甘い香りが満ちています。日本の技術で作られたその場所では、真っ赤に熟した大粒のイチゴが元気に実を結びました。
初めてそのイチゴを口にした現地の子どもたちは、目を丸くして「こんなに甘くておいしい果物は食べたことがない!」と満面の笑みを浮かべました。砂漠の街でも、自分たちの手で新鮮な果物を育てられるという希望が、いま現実のものとなっています。
地元の農家さんと手を取り合って(東南アジア)
ベトナムやタイなどの温かい国々では、雨季になると激しい雨(スコール)が降り続き、畑の作物が病気になってしまう悩みを抱えていました。
そこに日本のビニールハウスの技術や、ハウスの中の温度や風を上手に調節するシステムが届きました。日本のスタッフは、ただ機械を置いて帰るのではなく、現地の農家さんと一緒に畑に立ち、汗を流しながら「どうすればこの土地で元気に育つか」を一緒に考えました。
激しい雨をよけ、心地よい風を通すハウスのおかげで、病気にならずに甘いトマトや果物がたくさん収穫できるようになり、農家の人たちの暮らしも豊かになっています。
お米でお腹いっぱいにしたい(アフリカ)
アフリカではいま、ごはん(お米)を食べる人が急速に増えています。しかし、収穫量が足りず、十分なごはんを食べられない子どもたちもまだ少なくありません。
日本の専門家たちは長年にわたり、アフリカの仲間たちと一緒に田んぼを歩き、少ない水でもしっかり育つお米の育て方や、大切な土を守る方法を伝えてきました。日本から届いた小さな脱穀機や精米機は、手作業で何日もかけていた重労働を軽くし、お母さんや子どもたちに笑顔をもたらしています。
「自分たちの手でお米がたくさん穫れた!」という歓声が、あちこちの村で響き渡っています。
第3章:本当に大切にしたいのは、「寄り添う心」
日本の技術を世界へ届けるときに、私たちが絶対に忘れてはならないことがあります。
それは、「自分たちのやり方を押し付けるのではなく、相手の暮らしや気持ちにやさしく寄り添うこと」です。
日本で使っている最高性能のピカピカした大きな機械をそのまま持っていっても、壊れたときに直す部品がなかったり、電気や水道が足りなかったりすれば、使われなくなって粗大ゴミになってしまいます。また、とても高価な設備は、現地の普通の農家さんには手が届きません。
本当に優しい技術とは、「相手の目線に立った技術」です。
現地の竹や木など手に入りやすい材料を使って組み立てられる温室にしたり、難しい言葉を使わずに誰でも直感的に操作できるボタンにしたり。「これなら私たちにもできる!」「使いやすくて助かるよ」と言ってもらえるように、相手の暮らしの知恵を尊敬しながら、一緒に工夫を重ねていく姿勢こそが何よりも大切です。
技術を「売って終わり」にするのではなく、そこに住む人たちが自分たちの手で畑を愛し、ずっと未来まで使い続けられるように、使い方を伝え、心を通わせていく。
機械の向こう側にいる「人」を思うあたたかな温もりがあって初めて、日本の農業技術は世界を本当に幸せにできるのです。
第4章:地球にもやさしい、未来への贈り物
日本の農業の知恵は、お腹をすかせた人を助けるだけでなく、痛んでしまった地球環境を癒やす力も持っています。
実は、農業のやり方によっては、地球温暖化を進めるガスを出してしまうことがあります。たとえば、水田にずっとお水を張ったままにしておくと、土の中の微生物が「メタンガス」という温暖化を進める気体を発生させてしまいます。
そこで日本の農家さんは、お米を育てる途中で一度田んぼのお水を抜いて、土を太陽の光と風に当てる「中干し(なかぼし)」という工夫を昔からしてきました。ほんの少し田んぼを乾かすだけで、お米の根っこが強く元気になるだけでなく、メタンガスの発生を半分近くに減らせることが分かっています。
こうした「作物も元気になり、地球の空気も守る」昔ながらの知恵を世界中の田んぼに広げていくことで、温暖化を止めるお手伝いもできるのです。
また、化学肥料に頼りすぎず、枯れ草や落ち葉、たい肥を使ってふかふかの土をつくる知恵も、世界の大地をよみがえらせる大きな力になります。
自然から奪うだけの農業ではなく、自然に優しさを返す農業へ。日本の農の心は、未来を生きる地球のすべての子どもたちへの、すてきな贈り物になります。
おわりに:世界中の食卓に、「ごちそうさま」のぬくもりを
日本には、食事の前とあとに手を合わせる美しい文化があります。
命をくれた作物への感謝、一生懸命に育ててくれた人への感謝を込めた「いただきます」と「ごちそうさま」。
この言葉の奥には、「命はみんなつながっていて、お互いに支え合っている」という、とてもあたたかい想いが込められています。
日本の農業技術が海を越えて世界へ向かうこと。それは、単にビジネスを大きくすることでも、優れた技術を自慢することでもありません。
砂漠に生まれた緑の葉を見て目を輝かせる子ども、たくさん実った作物を抱きしめて胸をなでおろすお父さんやお母さん、そして、青く輝き続ける美しい地球。
そんな、かけがえのない笑顔を世界中に一つずつ増やしていくための、心からの「お手伝い」なのです。
土に触れ、作物の声に耳を傾け、自然を敬いながら育ててきた、私たちの足元にあるやさしい知恵。
その小さな種がいま、国境を越えて世界中の大地へと蒔かれています。
遠くない未来、地球のあちこちの食卓で、たくさんの笑顔とともに、あたたかい「おいしいね」の輪が広がっていくことを願ってやみません。