JICAウルグアイ派遣記『JICA URUGUAY 2008〜2010』
枠にとらわれない現場判断で生まれた国家プロジェクト
2008年 42歳の厄年。30代から続けていた冬農閑期限定の南国海外農業ボランティアを卒業し、北海道深川市の約30ha農地を全て蕎麦にし友人に作業を委託しJICAシニア海外ボランティア枠で南米のウルグアイ国へ野菜指導として2年間の長期派遣に参加しました。 職種的には野菜栽培指導との事でしたが、ウルグアイ国に一番インパクトのある活動としてウルグアイの農業は牧畜業が70%以上主要な事、着任時に3ヶ月以上旱魃で牧草が枯れ家畜が次々と死ぬのを見て、野菜ではない牧草の旱魃に強い豆科のアルファルファ栽培をカネローネス県Tala市農業自治組織で普及、収穫請負コントラクターを推進しました。

結果的にその判断が正しかった様でJICAの大きな予算も獲得出来、それを元にした旱魃牧草プロジェクトは大胆成功し、後に国家プロジェクト(Projecto de Pachamana日本語訳:母なる大地プロジェクト)に発展しました。Tala市の自治組織は当初200名程の生産者で組織されていたが離任時には6倍の1,200名以上を超え、近隣の牧草栽培から収穫納品までを請け負う組織となりました。

以上の事で少し良い気になって調子に乗り「日本の農業者ながら世界の農業に貢献出来る事があるかも?」と、JICA2年間の任期後も北海道の農業は毎年5月に2週間だけ帰国、種蒔きし2015年農事組合法人ユキノー設立まで年間30日だけ北海道の蕎麦を8年栽培続け、軸足を海外にした海外農業に関わる生活となりました。
その後ウルグアイとは数度業務取引も行い、小説「ノルウエーの森」に登場する本屋のみどりの父が旅立ったとされる2万ヘクタールを有する日系の農場(多分)とのご縁を続け取引もごさいます。
その後の流れ〜
・2011年
マレーシアでリベリカコーヒー卸、農業機械の貿易婦人会社設立〜2015年売却。
(この辺りで幸恵や林先生と出会い救われ人生が劇的に変わる。)
・2015年、地元仲間と農事組合法人ユキノー設立。栽培面積合計約170ha(東京ドーム約34杯分)、再びJICAオセアニア、パプアニューギニアで稲作と農業機械の指導へ。
・2017年 パプア帰国し東京神田でFARMERS CAFE TOKYOオープン。
現在(一社)FMの事業の主となってる雑穀卸業のスタート
・2018年 バングラデシュサツマイモ栽培指導。
・2019年 日本橋人形町マイナビ農業1F「農mers Café」運営開始
・2020年 一般社団法人ファーマーズマネジメント設立
・2022年インド国アッサム州の蕎麦プロジェクト参加、国産蕎麦プロセス機輸出販売、香川県で飼料用とうもろこしの生産開始、愛媛県、徳島県の、海外情勢による海外産飼料の輸入問題、耕作放棄地問題の解消、生産普及拡大に関わり、東京の会社も運営しながら2拠点生活で現在に至る。


